視力、1・5。
ハッキリ言ってなんかカッコ悪い。
毎日パソコンに向かうし、読書も大好きなのだが、視力1・5。
1・2とか、1・0ならホドよい感じがする。現代社会に少しはマッチしているようで。
でも1・5だと、「ブログとか、やってます」と言っても、「蔵書、数百冊です」とか言っても
なんだか空々しい気がする。説得力に欠ける、というか。
まぁ、視力は外見で分からないので、そう思うのは自分だけなんですが。
子供の頃、松葉杖に憧れたり、
朝礼で校長先生の話し中、貧血で倒れる女子を羨ましく思ったりした、
あの感情と似てるのかもしれない。
メガネへの憧れ。
私は休日、たまに伊達眼鏡をかける。
深緑のフレームで、一見“黒ブチ”なマイ眼鏡。
かける事によって、ちょい「オシャレ」に見えるのも嬉しいのだが、
何よりも眼鏡は独特な雰囲気を醸し出してくれるのがイイ。
ボケーっとしてるだけでも、なーんか難しい事を考えてそうに見える。
実際は街で道に迷って焦ってる時でも、
きっと周りの人達には涼しい顔をしてるように見えるハズで、
実際はまさか迷子で泣きそうだ、なんてことは伝わらない。
それどころか、きっと逆に道を尋ねられるに違いない。
お気に入りの瞬間は、
コーヒーショップに入り、おもむろに出す文庫本とノートパソコン。
難しい顔をして、しばしパソコンに集中した後、
ため息とともに眼鏡をはずし、目頭を抑えながら休憩…、という瞬間である。
くだらなすぎる・・・。ハイ、その通りです!!
誰もそれを見て何も思わないっつーの!!
100%純粋な自己満足なんです。なんかそういうのを演じてみたい年頃なんです。
とにかく、そのくらい眼鏡って好きです、私。
ただ一つ問題が。
一言で『目が悪い』、と言っても色々ありますよね?
近眼とか、老眼とか、乱視だとか・・・。
伊達でも眼鏡をかけてるからには、目が悪い人を完璧に演じるのが礼儀ってもんでしょう?
律儀な私はそう考えているのですが、
近眼とか、乱視とかって、じゃあ具体的にどう見えないの?ってのが分からないんです…。
だがら、遠くの壁にあるメニューを見る時にこそ眼鏡をするべきか、
はたまた文庫本を読むときにこそ眼鏡をするべきなのか、
それどころか食事する時、眼鏡ジャマ!!とか思ったり大変です。
しかし「オシャレ」と「独特の雰囲気」というメリットだけ享受するのは気が引けるので、
周りの眼鏡さん達を見てまた一つムダな研究する私なのでした。